ご利⽤者様の状況と背景
「家族だからこそ、本音が言えずにぶつかってしまう……」
今回ご紹介するのは、高齢の女性A様の事例です。A様は実のご姉妹(姉・妹)との3人暮らし。長年支え合ってきたご家族ですが、A様の心の調子が不安定になったことで、家庭内の空気は次第に重くなっていきました。
A様は些細なことで激しく怒ったり、かと思えば急に悲しんで泣き出したりすることを繰り返されていました。支えるご姉妹も「どう接すればいいのかわからない」と疲弊し、いつしかお互いの意図がうまく伝わらず、日常の何気ない言動が誤解を生み、関係がギクシャクする悪循環に陥っていました。そして、ご家族だけでは抱えきれない限界を感じ、主治医の勧めもあって、私たちの精神科訪問看護が導入されることとなりました。
実際に⾏ったご⽀援内容
私たちが最初に取り組んだのは、「安心できる居場所の再構築」です。
【1.徹底した「傾聴」による信頼関係の構築】
まずはA様の溜まった気持ちを吐き出していただく必要がありました。訪問のたびに、まずはA様のお話をじっくりと伺い、否定せず、急かさず、「今のA様にはそう見えているのですね」と共感を持って接することで、少しずつ「この看護師には本音を話しても大丈夫だ」という信頼を築いていきました。
【2.認知行動療法を用いた「認知の歪み」へのアプローチ】
A様はご姉妹の行動を、すべて「自分への嫌がらせ」として捉えてしまう傾向がありました。そこで私たちは、認知行動療法の考え方を取り入れ、事実を一つひとつ紐解いていきました。
「無視された」と感じた時は、「お姉様は最近お耳が少し遠くなっているようです。無視したのではなく、本当に聞こえなかったのかもしれませんね」と一緒に状況を振り返りました。また、「テレビを消された」と感じた時は、「お姉様は、A様がもう見ていないと思って、親切心で消してくれたのかもしれませんよ」と、別の視点(捉え方)を提案しました。このように、ネガティブに偏っていた考え方を、少しずつ柔軟にほぐしていく作業を根気強く続けました。
さらに、心の安定に伴い、A様の口から「外に出たい」「体力をつけたい」という前向きな言葉が聞かれるようになりました。私たちはその意欲を逃さず、訪問時に一緒に散歩へ出かける計画を立てました。無理のない範囲で、少しずつ外の空気に触れる時間を増やしていきました。
ご利⽤者様のその後の変化と今後の⽅針
支援を続けていくうちに、A様には驚くような変化が現れました。以前は家の中に閉じこもりがちでしたが、今ではお散歩中に「あそこに綺麗な花が咲いているわよ」と教えてくださったり、公園で童心に帰ってブランコを楽しんだりと、表情がパッと明るくなられたのです。あんなに拒否されていたデイサービスに対しても、「他の方と交流してみたい」と興味を持たれるようになり、現在では週に2回、元気に通われています。
第三者である訪問看護師が介入し、ご家族の間に入って通訳のような役割を果たしたことで、ご姉妹の負担も劇的に軽減されました。直接言うと角が立つことも、看護師を介することで冷静に受け止められるようになり、家の中には再び穏やかな時間が流れるようになっています。
今後は、A様が今の明るい生活を維持できるよう、引き続き内面のサポートを行うとともに、ご家族が無理なく介護を続けられるようケアの調整を行っていきます。ご家族だけで抱え込んでいると、愛情があるからこそ、ぶつかり合いが深くなってしまうことがあります。私たちは、患者様ご本人の「自分らしく生きたい」という願いを支えると同時に、ご家族が「自分たちの生活」を大切にできるようサポートいたします。「最近、家の中がギクシャクしている」「本人の気持ちがわからなくて疲れてしまった」そんな時は、どうぞ一人で悩まずに私たちにご相談ください。